恩返し
知人を通じて、1冊の物語集の翻訳を打診された。
タイ赤十字社のプロジェクトで、エイズ孤児の子供達が直面している問題について、特に医療関係者から受けている偏見や差別について、実話に基づいた物語とし、本にして医療関係者の間に配布し、事態の改善を図ることを目的としている。
タイ語版から、各国語への翻訳が終了し、残すは日本語訳のみ、ということだった。
お引き受けするかどうか、正直少し悩んだ。
先方の予算は、ビジネスとしてお受けするには少ない予算で、どちらかというとボランティアとしてお引き受けするお仕事。
まだ、会社として安定しているとは言い難い状況の中、中途半端にお引き受けしていいのだろうか。という迷いがあった。今は、会社のことに全力投球すべきなのではないか、と考えた。
でも、プロジェクト推進担当の医師と話をしていると、
「すでに6ヶ国語への翻訳が終了し、残すは日本語のみなのですが、どうしても翻訳者さんが見つからなくて」
ということだった。スペイン語、フランス語、中国語・・・全て完了。日本語だけ、まだ担当者が見つからない。 そんな話を聞いたら、「やるしかないでしょう」と思った。
社会貢献なんて大げさなことを考えなくても、私には、お引き受けしなければならない事情もあったのだ。
まだ、タイで車の運転を始めて間もない頃の出来事。
必要に迫られて初めて遠出をした帰り、ショッピングセンターに寄った。なんとか駐車場に車を停車させた時、緊張の糸が切れた私は、なんとも初歩的な大ミスを犯してしまった。
車のキーを抜かずに、ドアをロックしてしまったのだ。
しかも、そのことを買い物を終えて車を開けようと鍵を探すまで気づかなかった。
牛乳やらチーズやらの生鮮食品を両手にぶら下げて、呆然と立ち尽くした私。
途方にくれて、ショッピングセンターの警備員さんに相談。
警備員さん→警備主任さん→ショッピングセンター横にあるホンダサービスセンターエンジニア
と話が伝わり、お昼休憩に出かけるところだったホンダのエンジニアが駆けつけてくれた。
そして、祈る気持ちで見守る私の前で、いとも簡単に、ドアを開けてくれたのだ。
その時私は痛烈に思った。
かっこいい・・・
自分の持てる技術で、他人にとっての難問をいとも簡単に解決してみせるその姿に、猛烈にあこがれた。いつか私も、自分の持てる技術で、何気なく、苦労せず、ちょいっと気軽に、困っている人のお手伝いができたらいいな。
あの時の思いを実現できる機会なんではなかろうか。
そう思って、お引き受けすることを決めた。
もちろん、1冊の本の翻訳は、簡単な仕事ではないけれど、幸いにも私は翻訳を仕事としている。他の分野よりは、翻訳が得意だし、それを実現する環境にも恵まれている。
そうしてお引き受けしたのが2ヶ月くらい前だろうか。本業の関係で翻訳を進められなかった期間をはさんで、ようやく、翻訳が完成した。
現在、医療専門用語に詳しい強力な応援団の手によって、内容の確認作業を行っている。
あの時私に目標の一つを与えてくれたエンジニアに、ささやかながら恩返し。
そして、プロジェクト責任者である医師への、ちょっとしたクリスマスプレゼントになればいいな。
コメント
いつもながらてんもさんはすばらしい女性だな〜っと、尊敬!
本が出版される際には、教えてくださいね。
投稿者: COCO | 2005年12月15日 11:28
えらい!!
感動したので仕事中こそこそとメール書いてます。し〜〜〜。
投稿者: ジロチョー | 2005年12月15日 15:21
ナムジャイですよね〜。
投稿者: noina | 2005年12月15日 17:10
素直に心から素晴らしいと思いました。
私の得意分野って何だろう?
私もこの刺激を契機に何か頑張ってみたいと思います。
何かに頑張れるって良いですよね。
投稿者: うえの | 2005年12月15日 20:10
すごい仕事ですね。
自分の仕事に誇りを持ってやられているてんもさんはほんと素晴らしいです。
もう、10年も仕事をしていない私は何が出来るというんだろう?と
いつも考えさせられます。
投稿者: やよい | 2005年12月15日 21:21
COCOさん
いや、すごいのはホンダのエンジニアです。彼は今もあそこのホンダにいるのだろうか・・・。
ジロチョーさん
しゃちょー!ジロチョーさんがサボってま〜す!! って言っても聞こえないか。別館にいるし(爆)
noinaちゃん
まさに、ナムジャイ。こういう時の言葉ですね。いい響きだな〜。
うえのさん
うえのさんも、日々頑張ってらっしゃいますよねー(日記愛読してます)
やよいちゃん
外で働くだけが仕事じゃぁないと思うよー。
子供とお母さんの記念に残るように、と、自分の子供はもう小学生なのに、わざわざ友人の幼稚園にカメラマン役で出かけるやよいちゃんだって、すごい仕事をしているじゃない。
やよいちゃん撮影の写真が、どれだけの人の素敵な宝物となっていることか。
えらいぞ!!
投稿者: てんも | 2005年12月16日 00:09
心が温まる良いお話ですね。
翻訳のお仕事も素晴らしいね!!
投稿者: Anonymous | 2005年12月16日 11:50