視界不良
夕方、定期的に翻訳の仕事を依頼していただいている、大切なお客様から電話をいただいた。
「ちょっと教えて欲しいことがあるんです」
聞けば、新たなビジネス展開の足がかりとして、ある機関を訪ねて来たのだが、その機関のタイ社会における位置づけがいまいち分からないので、教えて欲しい。
ということだった。
プーシットさんにその話をすると、
「あのAさんが、そんなことの事前調査もせずに、相手に会って来たの?」
と驚いていた。確かに、Aさんという方は、仕事に対して真摯な方で、我々も教わることが多いのだ。
Aさんの会社は、悪い意味でのタイ化をせず、良い意味での日本的な仕事の進め方を維持している。
つまり、何か新しいことを始める際には、必ずしっかりした事前調査を行い、従業員に対する説明もしっかり行い、準備万端整えてから、計画的に事業展開をしている。
そのAさんが、素性の良く分からない団体に挨拶に行き、やはり相手の素性が分からぬままに、帰ってきてしまった。
そして、途方に暮れて、私に電話をしてくれたのだ。
まずは、訪ねた場所を確定したいと(Aさんは相手機関の正確な名前も把握できていなかった)同行した通訳さんに話を聞くと、通訳さんの話も要領を得ない。
つまり、通訳さん自身が、どういう団体を訪ねてきたか、言葉で説明できるほど理解していない状態だったのだった。
それで、Aさんが、いつものAさんらしくない行動を取った理由が分かった。
自分の知りたいことを、きちんと正確に日本語で説明してくれる通訳さんがいなかったのだ。
タイに赴任している駐在員の方は、たいてい、こういう思いをしながら仕事をすることになる。
特に、赴任直後でまだタイ語にも、タイ的英語にも慣れていない時期というのは、自分の直属の部下との意思疎通にすら困ってしまう。いくら通訳さんを使っても、通訳さんとの意思疎通ができないのだ。
だから、視界20%〜60%くらいのところで仕事をすることになる。
ものすごいストレスである。
そんな中で、仕事をしているんだよなぁ、とAさんが気の毒になり、応援したくて、Aさんが行って来たという機関について、2,3の手がかりから調査を開始。
インターネット、友人、知人への問い合わせなど、あらゆる手段を駆使して30分後には、大方のことが分かり、Aさんにメールで報告することができた。
同じ言葉を話す者同士であれば、Aさんのこの機関への訪問は10倍も100倍も実りがあるものだったのだろう。しかし、言葉が異なるだけで、うまく意思疎通することができない。なんとも残念な話である。まぁ、そこが、面白くもあり、そういう現実だからこそ、通訳者が活躍できるのだけれど。