2006年10月13日(金)
洪水で思い出す人 [タイで生活]
毎日夕方になると空が真っ黒になって激しい雷が聞こえてくる。雨雲がどこかへ行ってしまって降らないこともあれば、土砂降りになることもある。昨日はかなり激しく降った。
道路が冠水すると思い出す人がいる。
以前勤務していた日系の会社のタイ人総務マネージャーSさん。タイ人の中でトップの地位にいた彼は派遣社員を含めて1000人を超えるタイ人従業員をまとめるという難しい仕事を任されていた。
ボーナスや昇給の告示、連休の告示、休日振り替えの告示を出す前にはいかにタイ人従業員を納得させる発表の仕方をするかで日本人の総務部長と打ち合わせを重ねていた。私も通訳として同席していた。
「自分」をしっかり持っていて、組織よりも自分の気持ちを大切にするタイ人を一つにまとめるのは簡単なことではない。だからSさんもいろいろとテクニックを使っていた。
ボーナスの数字の一部を事前に教えることでストライキ情報などを手に入れたり、という取引もしていたようだった。
数字を決定する場にいるのは総務部長とSさんと私。総務部長はもちろん他の日本人部長に対しても数字を口外するはずはなく、私も友達にどんなに懇願されようが絶対に言わなかった。その数字の一部が翌日には従業員に知られていたのはやはりSさんが情報の出所だったのだろう。
でもそれは一つのテクニックとして彼が責任を持って行っていることだからそれでいいのだ、と思っていた。というのも、私は彼のことをマネージャーとして全面的に信頼していたのだ。
ある大雨の日、会社前の道路が冠水した。ひざまで届くすごい洪水だった。「すごいね〜」と言いながら日本人部長たちは次々に運転手つきの車で帰宅して行った。
私は青ざめていた。免許取立てで運転するだけで必死な時期だったのだ。水に覆われて車道と歩道の区別がつかない道路の運転の仕方なんて知らない。
道路わきにはエンジンに水が入ってしまって故障したオートマ車が何台も止められていた。私の車も止まってしまうのだろうか。夜になったら人気のなくなるこんな場所で車が止まったら一体どうすればいいのか?
そんな恐怖を感じていた私の目に映ったのは制服のズボンをひざ上までたくし上げて正門のところで従業員の帰宅の様子を見守るSさんだった。
「どうやって帰るの?バイク?気をつけて行くんだよ」
帰宅する従業員に声をかけていた。
日本人部長もそして他部門のタイ人マネージャーも急いで帰宅する中、Sさんは誰に命令されるでもなく自発的に従業員の様子を見守っているのだった。
その姿を見て私は安心した。
そうだ。車が止まってしまったらSさんに助けてもらえばいいんだ。Sさんが何とかしてくれるだろう。
Sさんの姿に勇気付けられてなんとか水没した道路を脱出し大通りに出たときには安堵から涙が出た。
そんな体験から、Sさんに関するどんな噂が流れようと私は全く気にしなかった。
「それでもあの時従業員を見守っていたのはSさんただ一人だもん」
いつもあの時のことを思い出して、私はいつも心の中でSさんの味方だった。日本人部長達から批判されてつらい立場に立たされていたときも陰からサポートした。(通訳の協力って実は結構強力なのだ)
Sさんは今もあの職場で頑張っている。彼がいる限りあの会社はきっと大丈夫。そう思う。
Posted by てんも at 07時53分